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AI MUSIC JUDGE 編集部2026年7月15日

ビョルン・ウルヴァエウスがAI音楽の著作権報酬について提言

ABBAのビョルン・ウルヴァエウスが、国連のAIサミットという大きな舞台で口を開いた。その言葉はシンプルだけれど、AI音楽を取り巻く議論のど真ん中を貫いている。「アウトプットのひとつひとつに対してではなく、インプットされたものに対して報酬を受け取るべきだ」。

これを聞いて、うちはしばらく考え込んでしまった。AIがひとつの楽曲を学習データとして取り込み、そこから何千、何万というアウトプットを生み出すとする。今の仕組みだと、そのアウトプットの数が増えるほど元の作り手には何も届かない。対価の発生点がずっとずれている、という話だ。

ビョルンが主張するのは、AIに「食わせた」段階で対価が発生すべきだということ。出てきた成果物の数や売れ行きに応じて後払いする仕組みではなく、学習データとして使われた事実そのものを報酬の根拠にしろ、と言っている。じゃあ何が作品なんだ、という問いが浮かぶ。AIが出力した楽曲なのか、それともAIを育てた人間の声や歌声やメロディなのか。

AI音楽を作る立場から見ると、この議論は他人事ではない。Sunoや他のツールで曲を生み出すとき、その生成モデルが何を食べて育ったかを気にしている人は、正直そう多くないかもしれない。でも、そのモデルの「栄養源」になった側のクリエイターには、今のところ何も届いていないことが多い。これは倫理の話であると同時に、業界の持続可能性の話でもある。

国連という場でこの問いを立てたビョルンの行動は、単なる老舗アーティストの愚痴ではない。ABBAという名前の重さを使って、世界レベルの制度設計の議論に「インプット課金」という論点を持ち込んだ、一種のロビー活動だ。

うちが気になるのは、この考え方が実際の法制度や報酬モデルに落ちていくまでの道のりだ。インプットの段階で対価を払うなら、どう計算するのか。何回学習に使われたか? どの程度の影響を与えたか? 測れるのか? ビョルンが提示したのは方向性であって、答えそのものではない。でもその方向性は、少なくともまっとうに聞こえる。

音楽を「食わせる」側と「食べさせる」側。AI音楽の時代に、誰が何に対して報酬を受け取るのかという問いは、まだ答えが出ていない。

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本記事は元ニュースを基に AI MUSIC JUDGE 編集部が作成した読み物です。審査員のコメントはキャラクターによる創作・論評であり、出典元の見解ではありません。事実は出典をご確認ください。

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