

AIによるジョージ・マイケルとエルトン・ジョンの新曲制作の可能性
ジョージ・マイケルとエルトン・ジョンがデュエットする新曲。そう聞けば「いつの話だ」と思うかもしれないが、これは過去の話ではなく、いま進行形の「かもしれない」の話だ。
報道によれば、ある人物がジョージ・マイケルとエルトン・ジョンそれぞれの声をAIに学習させ、両者が同じトラックでそれぞれ歌っている状態まで仕上げているという。「ジョージが歌っていて、エルトンも歌っている。あとはもう一曲作るだけだ」という趣旨の発言が伝えられており、リリースを視野に入れた動きであることがうかがえる。
ご存知の通り、ジョージ・マイケルは2016年に亡くなっている。エルトン・ジョンは存命だ。つまりこの話には、故人の声をAIで再現するという問題と、存命アーティストの声を本人の明示的な同意なしに使う問題が、同時に混在している。整理するだけで頭が痛くなる。
AIで音楽を作る人間にとって、この話が他人事で済まないのは明らかだ。技術の話をすれば、過去の音源から声を学習してボーカルを再現することは、すでに一定のレベルで可能になっている。問題はそこじゃない。「誰が許可を出すのか」「何をもって本人の意思とするのか」「それは作品と呼べるのか」という問いが、いまだに誰にも答えられていないことだ。
じゃあ何が作品なんだ、という話になる。元の声があって、元のフレーズがあって、それをAIが再配置した音の塊は、誰の表現なのか。ジョージ・マイケルのものか。エルトン・ジョンのものか。それとも学習させた側のものか。音楽の著作権も、肖像権も、パブリシティ権も、現行の法律がこのケースに完全に対応できているとは言いにくい。
編集部の正直なところを言えば、「聴きたい」という気持ちと「それでいいのか」という引っかかりが、同じ重さで存在している。ジョージ・マイケルの声はそれだけ特別だったし、ファンが抱く感情も本物だ。だからこそ、技術が「できる」に到達したとき、「すべきか」を問う回路が同じ速度で育っていなければならない。
AIで音楽を作ることの意味を、うちはずっと考えているサイトだ。でも今回ばかりは、作る側の話の前に、遺された声をどう扱うかという問いが先に来る。あなたはこの曲、聴きたいと思うか。
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Premiumで続きを読む本記事は元ニュースを基に AI MUSIC JUDGE 編集部が作成した読み物です。審査員のコメントはキャラクターによる創作・論評であり、出典元の見解ではありません。事実は出典をご確認ください。
